前回からだいぶご無沙汰になってしまいました。年度末ということで、日本側もバタバタ。ヨルダン側もバタバタ。という理由で、ご無沙汰だったわけです。前回、梅の花が咲いてる話をしてましたが、とうとう桜が咲き始めました。もう完全に春です。
そんなこんななので、今回報告するお話は、今から遡ること一月前の出来事です。タイムラグ申し訳ないですが、悪しからずご了承ください。

さて、当方が帰国後間もなく、土嚢建築のワークショップが始まりました。指揮をとるのは江崎研究員(彼が撮影しているので彼の姿はどこにもありません)。上の写真で土嚢に土をつめるのに男女協力してやってますが、イスラム圏ではなかなかこんな風景はみかけません。女性は自分たちの拠点構築のため、男性たちは町のコミュティーセンターをつくること+土嚢建築という技術をみにつけるために、慣習を超えて協力しているわけです。

そんなわけですので、建設なんかにたずさわることはない女性も自ら土嚢を積み、レンガで整形したり、上からたたきあげたりの力仕事をこなしていきます。

江崎隊員の弟子を含む近所の子供も現場によくやってくるようです。

こうして土嚢ワークショップは、朝から夕方まで、終日、そして連日行われるのです。

さて、このように土嚢建設が進んでいく一方で、石造部分もどんどん建設が進んでいきます。この指揮をとるのはもちろん、アデム親方。

壁には小窓などの開口部もしっかりあきはじめています。開口の上には開口幅をまたぐ大きくて平らな石が据えられるわけです。

石壁はどんどん高くなってきてるので、隣家の塀とすでに積んだ石壁との間に材木をかけわたして足場を組んで石積みを続けていきます。石壁は小生がいたときとは比較にならないほど高く高くなってきてます。

このように土嚢建築、石造とも本格的に進展してきてます。二種類の組積造が面白いコントラストをなしています。ここにさらに鉄筋コンクリートがくわわるわけです。マッシヴ素材の三連星です。

土嚢工事もどんどん進み、無味乾燥だった敷地の風景が明らかに変わってきました。
ちなみに、敷地の窪みは土嚢に詰める土を採取した結果できた窪地です(これをD研究所では「陰の土嚢建築」とよんでます)。
建設を通して、敷地の風景、それをめぐる人の気持ちがすこしずつ、しかし確実に変わりつつあります。今回はここまで。また進展を報告いたします。


