2010年01月17日

石。そして土、そしてそして木。

こんにちは。渡辺菊眞です。
寒い日々が続きますが、時折、暖かいと思える日が混ざったりして、すこしずつですが春の近づきを感じています(フライング気味に)。

 さて、今回は奈良県の飛鳥という土地にある石たちを紹介いたします。D研究所の歳末会議開催のため、年末に高知から奈良に戻ったわけですが、それにあわせて飛鳥に探訪したわけです。飛鳥は奈良盆地の南端にある盆地の端の極小盆地ともいえる土地であり、現在はそこに農村が営まれています。ただ、古代にはここを舞台に都城(平城京みたいなグリッド企画の王都)がいくつも営まれた古都でもあるのです。

 ここには、古墳や謎の巨石が目白押しで、奈良生まれの小生は小学生のころからよくここに探訪して、巨石によじのぼったり、古墳の石室で昼寝(今思うと、なんともまぁ、、)したりしてました。また、最近では研究所に遊びにきたお客さんを飛鳥に案内したりするなどしてましたが、今回は、4月から高知で始動するD地域空間計画工房(D環境造形システム研究所の双子機関)で工房長をつとめる片岡佑介くん(現、高知工科大学大学院生)をつれての探訪となり、小生としては3年振り、片岡くんは勿論はじめての飛鳥行きとなりました。

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 これは丸山古墳の石室内部。フリーに石室に入れるのが奈良の古墳のよいところ。きれいに切り出された整形の巨石が隙間なく積み上げられてます。

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 これは石舞台古墳。あるときに盛られた土がはぎ取られて石室が露出したわけですが、その様相が「舞台」に見立てられて銘々されたものです。おそらく飛鳥でもっともポピュラーな観光地のうちのひとつです。

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 地上に組まれた石の隙間から石室をのぞきこめます。石室の天井は結構高いのがわかるかと思います。

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 石室内部。天井にのせられた石は相当な巨岩です。

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 これらの他にも、飛鳥には石室の中に入れる古墳が多くあります。当方が2001年に土嚢ドームを初めてつくりあげたときに、その内観が、古墳石室内部に似ており、(石室で昼寝していた小生としては)不思議な親近感を覚えたのを思い出します。

 ここまでは古墳のお話でしたが、次は巨石。

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 これは「益田の石船」。スケールを比較するものがないので、大きさがわかりにくいですが、高さはゆうに4メートル超えます。飛鳥の石のなかでも随一の巨大さを誇ります。小生が子供のころから最も好きな巨石でもあります(あんまり観光客おらんし)。

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 その上部がこれ。正方形の二つの穴がきれいに穿たれ、溝が刻まれています。用途は不明ですが、天文観測装置、占星台、呪術儀式の舞台など、さまざまな推測がなされており、いまだその真相はわかりません。ちなみにこれを見るには10m引いた位置からダッシュして一気に上まで駆け上がらなければなりません。片岡くんは一発クリア、小生は悲しくも二回の途中失速失敗のち、ようやく三度目に登頂しました。

 さて、なにはともあれ、いつきてもワクワクさせられるのが飛鳥探訪なのですが、その道中で、ボロボロの廃屋に遭遇しました。

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 本気でボロボロでフニャフニャですらあります。木造家屋は住人がいて大切に住み続ければ長い時間存在できますが、住人不在となると急速に傷み、ボロボロに朽ち果て消滅していきます。さっきまで、永遠に不変な存在に見える石たちを見てきたので、そのことが異様にくっきりと感じられました。

 同行の片岡くんが「石は地球そのものともいえるが、木は地球の一番表皮にあるもの。その中間が土なのかな」と漏らしてましたが、小生もそんなことを感じてました。石はいったん土に埋もれても、ある時に、ほとんどそのままの姿で掘り出されます。彼らは平気で長大な時間を超えていきます。というより彼らが持つ時間は我々の想像を絶します。そんな石に比較すると木は「上物:うわもの」といわざるをえないほどはかなく弱いです。石を扱う集団には古来から神秘思想が育まれますが大工集団にそういったものはないかと思います。それがいいとか悪いではなく、永遠ともいえる時間が凝集された石に神秘を見いだすのはある意味自然なのかと感じます。

 日本人である我々にとっては木で包まれる空間が所与のものとしてありますが、それを支える土、そしてさらにその奥にある石といった、地球にあるものたちをトータルに考えた上で建築のあるべき姿を再構築する必要があるのではないかと改めて感じました。現に石の構築物がこの国にもあったわけですし、石垣なども含めればほん最近まで石造構築物は身近にあったのですから。

 昨年、石造建築にてヨルダンのコミュニティーセンターを建設し、2001年から土嚢建築を通して土に関わってきたことで、日本人としては通常感じにくい土や石という存在にたいして建築家として正面から向き合わざるをえなかったわけですが、今回の飛鳥探訪を経てよりそんなことを考えてしまいました。目指すべき「Dの建築」のヒントはこんなところにあるのでは?とおもっています。

 それでは今回はこのへんで。

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追伸、真冬の飛鳥の夕暮れです。この日はとてもきれいに晴れた冬の日でした。


posted by 渡辺菊眞 at 10:06| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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