2012年09月30日

卒業設計に思う。

こんにちは。渡辺菊眞です。

今日で9月も終わり。この9月最後の高知は午前中は台風17号による凄まじい暴風。昼下がりには台風は去り、穏やかな秋の夕暮れとなりました。いまは奇麗な月が夜空を照らしています。

現在、D研究所では、前回の報告と同じく、タイの虹の学校、来春の金沢21世紀美術館でのプロジェクト、そして「太陽の家」第一号となる「宙地の間」がより具体的なレベルとなって進行中です。プロジェクトはまた進行に応じてお話します。今回はちょっと別のお話。

この一ヶ月は渡辺研究室の卒業設計に関わる敷地調査にいくつか同行しました。今年は5人の卒制生がいますが、テーマや方法もそれぞれです(敷地から着想する「敷地派」、実施作品をつくる「実践派」、建築の空間構成方法の開発に軸足を置く「空間システム派」など)。ただ、特色ある敷地から着想していく学生が主体であることもあり、毎年ながらその調査の同行は発見も多く楽しみにしています。

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今年は四国出身でない学生も多いです。そのうち瀬戸内の島出身の学生は、そこを舞台に何かをしたいとのこと。信仰の対象としての巨石も多い島なのですが、「採石」という産業の対象としての石が主であった時代を経て、今はそれも終わってしまい、島の人は漁業を営み、採石場は空間のみとなって、とてつもない迫力を放っていました。社会的な必然性はあるとき、無惨に失われてしまうわけですが、空間の必然性はその強度を保っています。彼はここの出身ということもあり、通常では考えられない覚悟で「なにごと」かをしようと目論んでいます。

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その他には山地のローカル線の不思議な駅に着目した学生もいます。高知市から30分くらいの距離なのに、思い切り山の中、人気のない四国で最も空に近い駅です。急傾斜の地に駅があるため、スイッチバック式という
一度、進行したのちバックしてホーム入りするという不思議な光景が見られます。この風景すべてに着想を得て構想を進めていくようです。

いまや、学生の卒制を見る立場となってしまいましたが、卒制というと自分自身の取り組みをやはりいまだに思い出します。「場所にこそおもいがけないヒントがたくさんある」ということを学生たちに言っていますが、小生が学部生の時は、敷地よりは構想する建築の造形的・空間的強度こそ求めていました(実は奇妙な場所をめぐり歩くのが好きだったので、そう思い込んでいたといったほうが正確かも)。

敷地と真剣に向き合ったのは卒制がはじめてでした。それ以降、建築の普遍性(と特殊性)と、敷地の個別生(と普遍性)を掛け合わせることで一気に飛躍する建築空間の在り方を考えるようになり、それはいまでも発展的継続を続けています。

そう考えると卒制というものは、とてもとても大きな存在だと感じます。自らしたいと強く思うことに向いながら、ボロボロになって、しかもワクワクして必死で建築を作り上げていく経験は、他にかえがたいものです。
必死でとり組む彼らに小生も負けないよう頑張りたいと思う、そんな台風一過の一日でした。

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追伸、「風景の神殿」(渡辺菊眞 卒制1994)自殺の名所、東尋坊の風景が「自殺の名所」というブランドに塗り込められて、もはや死へと誘う風景が単なる記号と化したことへの批判的提案。「自殺の名所」たりうる風景を内に孕んだパンテオン(荒っぽく、ツコッミどころ満載の卒制ですが、それなのにいつもここに立ち戻るそんな卒制です)。




posted by 渡辺菊眞 at 19:39| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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