

これは吉備津神社本殿と拝殿です。この建築、御覧いただいてわかるように日本建築の中では珍しく単品でも十分に魅力ある建築です。まず、立面写真ですが、ふたつの入母屋屋根が結合してひとつの大屋根を形成しています。二つの妻面(三角屋根)が並んでいるのが印象的で「比翼入母屋造」といわれるものです。
次に平面ですが、中央の内陣を囲いこむように二重の柱廊が巡ります。非常に求心性の高い平面で中央に向かって四方(正確には前方と両側面の三方)から階段が伸びて上昇する様は、階段状ピラミッドのごとしです。
さて、立面、平面ともにたいへん特色のある建築なのですが、何よりも大きな特色は、立面と平面が噛み合わない、正確にいうと立面の様相から平面の様相を想定できない、あるいは平面の構成からその屋根形状が予測できないということです。
立面の拝殿+比翼入母屋の屋根から察すると、後ろの入母屋部分に内陣があり、奥行き方向に向けて上昇していく、あるいは上昇はしなくても前後に内部が分割されている平面形式を想定するでしょう。ですがそうはなっていないのです。平面は直交方向にクロスする階段が中心部に向けて上昇しています。この空間の不思議はどこから来るのでしょうか?
もちろん、この巨大建築は一気に成立したものではないので、本殿形式の発展成長という観点からそれは読み解くこともできるかもしれません。しかし、そのことで、現在見るこの空間の不思議や魅力の秘密は解けません。この不思議な空間は、現在ここに「あたかもはじめからそうであるように」存在していて、しかもそれを含む全体空間は現在において不思議な空間として成立しているのです。歴史的な変遷を追わずとも、現在の空間の在り方だけでもその不思議を成立させる構造がまさに「いまここに」あるはずなのです。
ただし、そのような構造を読み解くためには、この建築単品だけの考察では無理でしょう。そこで前回お話した、全体空間からこの建築の在り方を読みといていきたいとおもいます。まずは、全体がわかる見取り図を示し、そのあと全体空間を経路に沿って追体験してみましょう。

吉備津神社本殿は非常に有名ですが、これがどういう全体の中にあるのかはあまり言及されることはありません。ここで注目して欲しいのは本殿はかなり右(北)よりに位置していて、現在の参拝ルートからいうと境内始点からすぐそこの位置にあることです。また本殿脇からはるか後方に向けて長大な回廊があることにも要注目です。ではこの見取り図を頭にいれながら境内を体験してみましょう。

ここが境内の始点です。この石段を登っていきます。

石段を登ると、まず目の前に現れるのは北随神門です。

この北随神門から、さらに続く石段の先を眺めます。もうひとつ門型の建築が現れます。総拝殿です。

総拝殿が頭上に覆いかぶさるように迫ってきます。

どんどん迫ります。目標(本殿)へ向けて緊張感が高まります。

総拝殿を介して、拝殿さらにその先に本殿の正面扉が見えます。

本殿前面に張り付いた拝殿の柱廊を介して本殿内陣までいたる階段が見えます。意外と本殿内陣まで距離がありません。あれっ?さっきまでの高揚感がなんだか減退気味です。えらい近いなあ〜。

なんだか納得できないので本殿正面からずれて東側にまわりこみます。

まわりこんで、東側面をみます。おおっお馴染みの本殿の勇姿です。格好よいです!巨大です!!しかし、、この巨大さに比して、先程正面の本殿核心の、あっけない近さがやはり納得できません。石段を登って次々と迫る北随神門、総拝殿のあたりで経験的高揚感が早くもピークに達してしまい、本殿前ですでに萎えてしまうとは何たることでしょうか!?先へ先へと急いていた気持ちのやり場をどうすればいいのでしょう?あっけなすぎます。そこで本殿の反対側へ回り込んでみると、、、。

何やら回廊らしきものが本殿脇にとりついています。

おおっ!!これはよさげな雰囲気。何よりも断たれてしまった先へ先へという気持ちを満たしてくれそうです。

これは長そうです。あんな早くに終わらなそうです。

長そう、、どころではなく、本当にむちゃくちゃ長いのでは。いよいよ本格的に回廊が始まります。

どんだけ長いのか?その外観を見ると、、、これは凄い。遥か先まで続いています。しかし、、、。

長い。長い。長い、、、。単に長いだけとちゃうの?実はとくにこの回廊内部にはしかけもなく、とても単調なのです。飽きてきたなぁ。これはオチに何かあるに違いない。きっとそう。てっいうかオチないと許しません。

とうとう来ました!これが回廊の最果てです。おおっ!!うん。全然オチません。何ですか、このしょぼい鳥居とオレンジの冊。そして、その向こうのフツーのアスファルトの道は!、、、正直最低です。
「思っていた人と、違ったの」お別れの際によく女性がいう(男性としてはもっとも聞きたくない)定番の台詞でさえいいたくもなるってもんです。

回廊をはずれて来た道を振り返ってみます。と、はるか上方に屹立する本殿。やはり存在感あるのですが、どうにも納得いきません。最後の回廊は本殿からだらしなく伸びた「金魚のフン」の中を歩いていたかのようなダルさなのです。一体全体この全体空間は何がどうなっているのでしょうか?欲求不満とともに、それでも何ともいえない奇妙さと不思議さが漂います。
ここで一度体験レベルの話をおいておいて、全体配置から、この不思議さの秘密を解いていこうと思います。果たしてこの空間にはどんな秘密が隠されているのでしょうか?すごくいいところなのですが、とっても長くなりましたので、ひとまずはここまでにしたいと思います。
実例編その2をお楽しみに。