2007年01月06日

「目からウロコの日本建築」-実例編その2-

 さて、今回は「目からウロコの日本建築」実例の解析編です。前回吉備津神社の空間を経路にそって疑似体験してもらいましたが、そこでわかった不思議な点を以下にまとめておきます。

1、全体空間の中核である本殿は全体の中のかなり始点よりにある。

2、その始点にほど近い本殿へ向けて、その経験を劇的にするかのようにしょっぱなから門型の建築が畳み掛けるように直列的にあらわれる。

3、しかし前半が高密度であるものの、いかんせん距離がなさ過ぎて空間経験のピークはすぐに終わってしまう。また本殿は巨大にもかかわらずその中核部分も引きがなく、拝殿からの見えに劇性はない。

4、断たれた線形的行動への欲求は本殿脇の回廊が満たしてくれるように思うものの、回廊空間での経験は単調であり、しかもその果てには何も見るべきものがない。

5、本殿の比翼入母屋造りという特色ある外観形状と、内部の階段状ピラミッド的な求心的平面。この両者が噛み合わないという空間の不思議が、全体空間におよぼす意味が不可解。

 だいたい以上です。では上記のことをまずは配置図で確認していきましょう。

日本-構成-吉備津直列.jpg

 この配置図下部が境内の始点となります。こうして改めてみると、始点から本殿に至るまで、やはり非常に高密度に建築がひしめいていて、えらく前半にクライマックスが来ることがわかります。それに比べてただただ、長大なだけの回廊が際立ちます。

 このようにほぼひとつの軸線に沿って建築が直列に並ぶ様を、「線形直列空間」と呼ぶことにします。吉備津神社はひどく前半高密度型の「線形直列空間」と言えます。しかし、このことは配置図を見る前からわかっていたことであり、これだけでは空間の不思議は何も解けません。そもそも蛇足に見える後半のダルイ回廊の意味は全くわかりません。

 あの長くてダルイ回廊、ほんとにいったいなんなのでしょうか。全くオチあらへんし。ただ、もうちょっと丁寧に思い返すと、回廊のところどころに気になる要素があった気が、、、。

 回廊を歩きながら、その進行方向と直交する向きを見ているとこんなものたちがあったのです。

 20末社3.jpg

 こんなのや、

18末社アプローチ.jpg

 こんなのや、

19末社2.jpg

 こんなのです。

 これは吉備津神社附属の小さな社で、末社といいます。これらの末社が、吉備津神社の立地の所以たる神の山:「吉備の中山」を背にしながら並んでいるのです。基本的に地味な存在なのであまり気にとめられないことが多いのですが、これらが神の山を背にしているわけですから、無視するわけにはいけません。

 そこで、この末社の並びに着目して再度全体配置を見てみることにします。

日本-構成-吉備津並列.jpg

 うん?そうか。回廊のダルサはこういうことか!って、ならないでしょうか?どういうことかといいますと、そもそもの間違いはこの回廊が空間経験者の行動を誘導する、すなわちその中を歩かせるための装置として捉えていたことなのです。この回廊、もちろんそのような行動を誘導する装置でもあるのですが、それよりももっと重要なのは、聖なる神の山(=「吉備の中山」)の領域を聖域として結界する装置だってのです。「この回廊(=境界線)よりこっちは聖域ですよ」といった具合に。そして、そのことをこの地味な末社たちが指し示してたわけなのです。神の山を背負って並列的に並ぶことで、、。

 こう見てくると、吉備津神社の前半と、回廊のある後半は明らかに性質の違う空間であることがわかります。前半は線形的な行動を加速させる「高密度な線形直列空間」で、後半は末社が並列しながら山を背負いしかもその山を回廊で結界する空間(「回廊による結界空間」)なのです。

 さて、ここからが本当の核心です。この全体の中で吉備津神社本殿はきわめて興味深い位置をしめます。そう、本殿は「線形直列空間」の終点であり、かつ「回廊による結界空間」の始点でもあるのです。要するに前半と後半の境界上にあるわけです。

 吉備津本殿境界.jpg

 この視点にたって、改めて本殿の「かたち」の仕組みをみていきましょう。まずは平面構成からです。

本殿クロス.jpg

 本殿平面はクロスする軸線によって構成されており、それがひとつの謎でしたが、これも全体空間とこの本殿がしめる位置を考えるなら合点がいきます。そう、拝殿から奥行き方向へ向かう軸は、前半の線形直列空間を受け止める軸であり、それに直交するもうひとつの軸は神の山:「吉備の中山」方向を向く軸、すなわち全体空間の後半に同調する軸なのです。前半と後半の境界に位置するこの建築は、その内部においても境界的、両義的な空間となってるというわけです。

 残りの謎は比翼入母屋造りという、特異な外観です。これはどう考えるといいでしょうか?

 吉備津神社本殿というと、やはりおなじみのこの姿が思い浮かぶでしょう。

吉備津神社立面写真+.jpg

 しかしながら、このお馴染みの姿は言ってしまえば単なる側面にすぎません。造形的にとっても濃いのに、側面なのです。実はここに日本建築の屋根形状に潜む両義性があります。

 日本建築の屋根は基本的に三角屋根です。この三角屋根のそれこそ三角が見える側を「妻側」、屋根が四角く見える方を「平側」といいます。

屋根.jpg

 図で示すと上のようになります。そして妻側が建物正面を向いている場合は「妻入り」といい、平側に正面がある場合は「平入り」といいます。吉備津神社本殿の屋根は特異なかたちをしてますが、基本的には入母屋屋根がふたつと考えたらよく、つまるところ「平入り」です。

 さて、この「妻」と「平」ですが、造形としては圧倒的に「妻側」の方が強いです。家といえばイメージとして「妻側」を思い出してしまうのも、その証拠といえるでしょう。そして吉備津神社本殿にはこの妻が二つもあるわけで、そりゃそちら側の印象が濃くなるわけです。ここに吉備津神社本殿の外観の両義性があるわけです。側面が濃いのに実際には「平側」が正面であり、濃い「妻側」は側面、しかもそれは山側を向いているわけです。

 そうです。印象薄い「平側」の正面を、拝殿や総拝殿、などを次々と畳みかけることでどうにかその弱さを補填し、造形の強い妻はそのまま神の山を向くわけです。つまり、外観においても全体空間の前半と後半の双方に奉仕するクロスする造形が仕込まれているのです。

 なので、平面構成と屋根構成は一見噛み合わないですが、その実、これらはともに同じ意図のもとに造形されているのです。これこそが謎めいた本殿の「かたち」の意味であり、そしてへんてこな全体空間の意味でもあるのです。本殿は全体の特性の結晶といってしまってもいいかもしれません。

 やるじゃないか!!吉備津神社。

 どうでしょう?このように見るととっても面白くないですか、日本建築。僕はこの見方でウロコがいっぱい目からこぼれましたが、みなさんはいかがでしょうか?ウロコなんて全く落ちず、金魚のフン程度にしか感じていただけなかったら、さすがにとても哀しいですが、、。

 D研究所ではこのような視点から、有名無名の面白い日本建築の「かたち」の「しくみ」を研究しています。不定期に日本建築探訪しておりますので、興味ある方、御一緒できたらと思います(どうやって御一緒するんだ連絡先もよくわからんのに)。

 どんどん長くなるブログ(これ、ブログっていうんかい)ですが、次回はもっとコンパクトにいこうかと思います。保証はしかねますが。

posted by 渡辺菊眞 at 22:25| Comment(0) | TrackBack(0) | Spatial composition of Japanese Architecture | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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