当初はヨルダン伝統建築技術を使用した現代建築家設計による建築探訪を中心とした予定だったが、昨日の書籍との出会いにより、完全に予定変更。本日から農村めぐりを開始することにした。
ただ、その前にヨルダンの古都的な町、サルトを探訪。ここは現地スタッフのマジダさんの故郷である。100年前くらいまで遡ることが可能な石造建造物も多く残っており、是非見てもらいたいとのことだった。

これが町の全景である。斜面都市の圧倒的迫力。基本的にヨルダンの都市はアンマンも含めて斜面上に展開される。

斜面都市ときたら、当然予想はつくのだが、複雑に入り組んだ階段街路がはり巡らされて各住居へとアプローチすることになる。ちなみに写真の女性がサルト出身のマジダさんである。
さて、サルト自体の都市空間は非常に面白く、しかもその急傾斜の斜面特性を巧みに活かした地理特性バッチリ適応な傑作:カキッシュ邸にも出会うことができた。これはとんでもなくワクワクするような代物であったのだが、今回の視察目的とはややズレてしまうので、ここでの詳述は避けることにする。
そう、サルトの面白さに惹かれつつも、やはり僕がずっとひっかかるのは農村住居の現況であり、早くその現物(いまはないのかもしれないのだが)をこの目で見たかったのだ。そんな気持ちを察していただき、予定より少し早くサルトを去り、その近郊の農村をこれといったあてもなく巡る行程へと移行する。
どんどん建築密度が低くなり、明らかに田舎へと車は進んでいるのに、いっこうに石造土着建築は見当たらない。ときおり目につく「石造風成り金コンクリート別荘:ポストモダン風味」に変に苛立ってしまう。日も大分傾いて来て、本日もやはり農村建築には出会うことができないのかと、半ば諦めてしまった、そんな時。

道端にいきなり石造の建造物を発見。車を急停車させ、中をうかがう。

確かに石造の建造物ではあるが、陸屋根である。書籍で見た、もっとも典型的なアーチ構造(「アーチ直列型」とでも呼ぶことにする)のものとは違う。おそらく現在、ヨルダン中に溢れるコンクリートボックス型住居の直接的祖形となったタイプのものであろう。厳密にはわからないが住居の型として「アーチ直列型」の方がもう1段階古いものではないかと思われる。

この住居の場合は鉄骨の梁を架け渡し、それに竹材を直交させ、さらに小枝を葺き、その上を泥で塗り固めて陸屋根を形成している。写真では天井の一部が抜け落ちちゃってるが、、。木が支えるには、重たいもん。そりゃ抜けるよね。
この後、もうひとつ石造陸屋根住居を発見するが、やはり「アーチ直列型」の住居は見つけることができない。石造陸屋根ですら、ほとんど見つけることができないのだから、その1段階古い型の「アーチ直列型」は現存しないじゃんないかと、またまたとてつもなく寂しい気持ちに襲われた。ぼんやりした気持ちで前方に目を向けると一群の石造建築が。

ただ、ここからではその内部様相はわからない。半分は陸屋根を想定しつつ(もう、がっかりするのいやだから)近付く。

きました、きました!これですよ。このアーチ!!そう、やっと見つけた「アーチ直列型」の住宅。廃虚ではあるけれども、その型はばっちり確認できるものである。廃虚を前にしつつも、とんでもなく高いテンションへと急上昇。まるで宝探しでひとやま当てたかのよう。

僕のせいで同じような不安な気持ちを共有させてしまったNICCOのスタッフのみなさんにもようやく安堵の表情が。ほんとよかった。
さて、とりあえず、今日のところは大満足と思っていたところ、近隣のおばあちゃんが、「こんなタイプの古い家屋にまだ住んでいる家族がいるよ」と教えてくれた。半信半疑で彼女のあとをついていく。

大アーチが外観にそのまま表れた住居。これはどうみてもインチキポストモダンではない。中から家族が出てきて親切にも招待していただいた。

この家、「アーチ直列型」ではなく、クロスヴォールトの住居であった。この写真ではわからないが2連のクロスヴォールトがあり、1方を応接に、他方を寝室などにあてている。
家族一同にとても温かく迎えられ、トルコ式コーヒーと紅茶、そして果実をたくさんいただき、この家の思い出をとてもとても楽し気に語っていただいた。
視察3日目。思いもかけず生きた伝統様式の住居に出会えた。この村で、伝統様式の家屋に住むのは、この家族のみだ。世代が変わっても補修をしつつこの家が愛されつづけたらと、つい願ってしまった。
さて、こんなものを見てしまったら、欲が出てしまうのが人間の避けがたい特性。明日は丸1日、農村巡りをしようとスタッフのみなさんと決意した。また生きた家が見つかることを想って。





