2007年03月12日

ヨルダン視察報告004(070218)

視察4日目。

 昨日の視察で、ヨルダン伝統的農村住宅の典型である「アーチ直列型」住宅とクロスヴォ−ルトの家に遭遇した。本日はより本格的に農村巡りに集中する。生きた住居としての農村住宅にひとつでも多く出会いたいからだ。

 そこで昨日の視察を終えたあとに、次にどこを探訪すべきかを現地スタッフとヨルダンのまちや建築に造詣の深いJICAの大山氏を交えて議論を交わした。その結果、以下のあたりを探訪することに決定。

1、ダナ→渓谷が有名。トレッキングの拠点であるが、その一体に伝統様式建築が群集した農村があったように思う(NICCOヨルダンスタッフの大塚さんの提案)。

2、タフィール→比較的まとまった形で伝統様式住宅が群集している(大山さんの提案)。

3、カラック→先日入手したアンマール氏著の書籍に農村建築の事例が紹介されている。大山さんも、それらが散在しているのを見たことあり。

 この3つの地区を上記順番で探訪すると、何とか1日で見てまわることが可能だとのこと。昨日の活きたクロスヴォールトの家の記憶がまだ鮮明であり、新たな活きた住居との遭遇への期待は膨らむばかりである。早速車に乗り込み現地へ向かった。

探訪01:ダナ

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 これが観光地として有名なダナ渓谷である。確かに絶景、かな?この渓谷を望む地に近年ホテル+現地農村女性によるクラフトセンターを併設した複合施設がオープンした。各客室テラスから渓谷風景を満喫できるホテルは非常に評判が高いとのこと。下の写真は併設されたクラフトセンター作業風景。

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 今回の視察は、そもそも南シューナで頑張ってクラフトやピクルスなど作っている女性団体のための研修施設をつくるのを見据えてのものである。なので伝統様式の建築視察のみならず、同様の活動をしている団体の活動風景の視察も行う。とても楽しそうに工芸品を加工する姿を見て、なんだか嬉しく感じた。

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 さて、ダナの住居群であるが、実はそのホテルへ向かう前に見つかった。崩れ落ちた壁からアーチが覗く。そう「アーチ直列型」住宅群である。

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 現在、この石造住居に住んでいる家族もいくらかはいるようである(クラフトセンターに通っている女性はこの村の女性とのこと)が、大半は家畜小屋となっている。今回は3つの農村を巡るのでダナでは住居群風景を見るにとどめることにした。

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 それにしても建築における「アーチの発見」は偉大である。壁がすべて崩れ落ちてもアーチのみで残存しているのだから。

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 これは普遍的住居様式ではない特殊な例であるが、その印象が強烈だったのでつい写真におさめたもの。巨岩の下の窪みを石造で囲いこんで住空間化している。住むことへの執念を感じる。そんなことを思いつつ次の視察地へと向かう。

探訪02:タフィール

 ダナを去り、車で約1時間北上。タフィールに到着。

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 早速、伝統的農村住居群に出くわす。ただ、どうも廃虚くささが否めない。

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 やはり、廃虚ではあったが、中に侵入。「アーチ直列型」の典型である。アーチにはさまれたサイドの場所は一段高くなっており、床上は寝室、その床下は倉庫として使用される。

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 また、そうでない場合は壁をつくり、家畜をその中に飼う場合もある。この穴から家畜が出入りするわけだ。

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 さらにもうひとつ住居跡を発見。外観から見てわかるように大小二つのアーチが並んでいる。

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 この外観は当然内部にも反影されている。2連アーチをひとつの単位としてこれが直列して内部空間を形成している「2連アーチ直列型」とでもいえようか。

 これらの住居群を見ているあいだに、通りがかった近隣住民に話をする機会がもてた。この住居群のうちまだ生活しているものはあるかとたずねたところ、現在、生活しているものは皆無であるとのこと。20年前は住んでいる住民もいたそうだが、皆ここを去り、近くの新しい場所で家を建てて住んでいるのだという。しかたないので、この近くでまだこのような住居に住んでいる村はないかと問う。確信は持てないが、ここから一時間ほど車を走らせたところに位置するエイマという村なら、その可能性があるとのことだった。

 当初の予定ではカラックに移動するつもりであったが、エイマに行くならカラック探訪は無理。決断を迫られることになった。昨日、サルト近郊でおばあちゃんに案内されて、活きたヴォールト住居に出会ったことを思い出す。ここは活きた情報を選択しようということになり、急遽、エイマに向かうことにする。

探訪03: エイマ

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 さて、エイマに着いたものの、どうみても廃虚くさい。先ほどのタフィールにも増して廃虚臭がプンプン漂う。

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 田舎ゆえか、外国人の来訪がとても珍しいらしく、村の多数の少年たちが廃虚となった村を案内してくれる。上の写真の穴はパンを焼く窯だそうだ。

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 廃虚と化して露天となったスペースにはこのように鶏がえさをついばむスペースとなっている。仕方ないことなのだろうが、やはり寂しい。

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 廃虚の村の信仰の中心であったモスクにも案内してもらった。やっぱり廃虚だけれども。

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 上の図面はモスクではないが、アンマール氏著の書籍で紹介されていた、とある村の教会である。教会建築の基本構成をベースにして造られたものではなく、どうみても「アーチ直列型」住宅の構成と工法を基本にして、それを教会空間にあてているのが如実にうかがえる。このモスクもおそらくこのような種類の建物であったろう。

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 すべてが廃虚と化した村の向こうに新しいコンクリート造のボックス型住宅が見える。いずれ家畜のためのスペースですらなくなって瓦礫の山となり、この斜面全体を、ボックス型住宅が埋めてしまうのかもしれない。

 何もせず、今、ヨルダンに流れている流れをただ見つめているだけだったら、間違いなくそうなっていくであろう。そう想いながらエイマを後にしつつ、計画すべき研修施設の意味を考えていた。
posted by 渡辺菊眞 at 13:40| Comment(0) | TrackBack(0) | International contribution by architecture | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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