2016年12月31日

2016年を振り返りつつ2017年へ。

こんにちは。渡辺菊眞です。
本日は2016年12月31日。2016年の最終日です。そこで、本年を振り返りつつ、来る2017年へ向かって、思うことを記してみたいと思います。

まずは高知高法寺の浮遊茶室:地空庵。

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建設は15年の夏から開始したのですが、なかなかに手強い建築で、今年も渡辺研究室のメンバーとコツコツと進めてきました。

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浮遊茶室と土嚢の円庭は完成。現在は土嚢外壁の左官工事をやっていますが、これまた手強い。来春にどうにかやりきりたいと思っています。完成まで、しばし、お待ちください。

次は、タイ国境の孤児院兼学校:虹の学校学舎「天翔る方舟」の改修工事です。

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今年3月にタイの現地常駐の片岡鉄男氏、ガリアン族の大工さん、引き連れて来た渡辺研究室メンバーとの合同チームで改修を行いました。「方舟」は2013年の夏に竣工しましたが、それから早くも2年半が過ぎ、草屋根と竹床などの仮設造作部分が傷んできたので、第一回目の大規模改修となりました。この定期的な改修は竹建築や草屋根の建設技術の継承、そして材料生産体勢の維持にとっても重要な活動です。メンテフリーでないことに意味があるのです。

しかも、ただ改修するだけだと、維持のみで発展がありません。今回は竣工時には気付かなかった、冗長な意匠を削ぎ落として、より根源的な構成を持つ建築を目指しました。

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「母なる大地としての土嚢洞窟」と「強靭な父なる太陽から保護する大屋根」。その間に「人が居る場所」があるという構成です。

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力強く「方舟」は蘇りました。

そして、今年の下半期に、全身全霊を捧げて取り組んだのが金峯神社救出プロジェクトです。

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ひょんなことから金峯神社に遭遇したのが2016年の冬。2014年の大雨で柱が礎石からズレ落ちて、大きく傾いた状態でした。前面の大梁が柱から落ちてしまい、建具をおさえつけていて、開かずの社殿となっていました。社殿の傾きは日々大きくなり、このままではいつ崩壊するかわからない様態でした。社殿の中には春日造りの本殿と、さらにその中には御霊が宿る御神体が閉じ込められていて、社殿の崩壊とともにこれらも押しつぶされる危険がありました。そこで、狭い社地ではなく、その麓にある平地に仮の社殿を設置し、そこに本殿を移そうというプロジェクトが発足しました。「金峯神社遥拝殿プロジェクト」です。

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建設は梅雨時で、いつ崩壊するかわからない社殿を思うと、迅速な建設が必要とされ、また電気の通らない建設地であることから部材のカットを極力しないことが必要となり、さらには台風や地震に耐えうる強度も要求されました。しかも、現地には車で入れないため建築材料を徒歩1kmの道のりを何往復もして運びこまねばなりません(あまりに重たい素材はNGとなります)。

その結果、鋼管足場で架構し、重心の低い直角二等辺三角形の断面形状とし、ほぼ部材カットなしでつくれるよう設計しました。建設は5日で完遂。渡辺研究室メンバー総動員の現場でした。

本来はここに春日造りの本殿が山腹から降りてきて安置される予定でしたが、その大きさと重さ故に断念。御霊が宿るお神体のみを安置することになりました。

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秋には実に10年ぶりとなる祭礼が行われ、神社が息を吹き返しました。

しかし、課題が残りました。春日造りの本殿が壊れかけの社殿に閉じ込められたままです。秋も終わり、今年も終わろうとしている師走。社殿はより激しく崩壊に向かっていました。そこで意を決して、本殿を安置する社殿建設に踏み切りました。

大きな設計指針は要拝殿と同じ。

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鋼管足場による架構です。ただ、この社殿に本殿を移した後は、壊れかけの社殿を解体、社地を整備し、この社殿を本来の社地に移動する必要があります。移動することが義務づけられている社殿なのです。そこでキャスターを設置し移動可能な社殿として設計しました。通称「山車社殿 Movable Shrine」です。

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この社殿も渡辺研究室総出で6日間で建設を終えました。

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悲願であった、本殿移設も無事終えて、本年の「金峯神社プロジェクト」はひとまず完了しました。
新年からは山車社殿の残工事と、社地整備に入ります。

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時期を巻き戻してもう一度今年の夏。太陽建築の魅力を伝えるべく、山形県の庄内地方に赴きました。太陽建築の恩師、故:井山武司さんが命がけで取り組んだ太陽建築の魅力を、ワークショップを通じてこどもたちに伝えるというものです。教材は渡辺研究室手作りのものです。

このワークショップは井山さんの意志を伝えて少しでも広めていきたいという思いで活動されている太陽建築研究会の主宰です。

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こどもたちと、少しマニアックなおとなたちが混在して工作する、とても楽しい時間となりました。今後も毎年開催していきたいと研究会のみなさんと誓い合った次第です。

今年の主な活動は以上のようなものですが、最後に今年いただいた建築賞について。

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Architecture Asia Awards 2016にてWinnerとなりました。マレーシアのクアラルンプールでプレゼンをおこなったうえでの受賞です。「天翔る方舟」はこれまで数多くの国際賞をいただいてきましたが、今回は改修後の「方舟version02」の受賞であることに大きな意味があると思っています。発展的に継承していくこと。そこが評価されたのだと思うからです。

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金峯神社遥拝殿。World Architecture Community 23 CycleでWinnerとなりました。他の受賞者にはZAHA事務所なども居て、そこにこの小さく安価な仮設建築があるのは異色に見えますが、フラットな視点での評価があるのが、同賞の魅力だと感じています。今後の展開への励みになります。

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自宅兼D研究所である「宙地の間」。こちらはWorld Architecture Community 22 CycleでWinnerとなりました。

今年は一作品だけでなく、取り組んできた多種の作品に対して受賞することができ新しい展開を感じることができました。

来年は、金峯神社プロジェクトの最終章、地空庵の完成、大和の山中における新プロジェクトの始動、太陽建築の次なる展開が控えています。2007年に「すぐこことはるかかなたをつなぐ」を根本思想としてD研究所は活動してまいりましたが、それが発展深化具体化して「Universal Locality= Universal Sun × Local Earth」という概念に到達しました。来年はそのさらなる深化を実践を通して示したいと考えています。

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来年もD研究所をどうぞよろしくお願いいたします。

2016年12月31日朝。奈良平群町の「宙地の間」にて。 渡辺菊眞

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posted by 渡辺菊眞 at 08:50| Comment(0) | TrackBack(0) | D | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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