8月15日からのアフリカ渡航に向けて黄熱病などの予防接種をしたせいか、身体全体がダルイ日々がしばらく続いたのですが、ようやく快復してきました。
緑の隊員:高橋からの報告にあったように、先日8月3日には、神楽岡スライド会にて「土嚢と建築」なる題目で講演してきました。
「左官職人かつ建築家」というユニークな存在で、大学時代の同級である森田一弥氏から依頼を受けたことから始まったお話だったのですが、土嚢建築に出会ってからもう8年。もともと自分で開発した工法でもなく(開発者はイラン人建築家:ナアダ・カリーリ氏)最初は土嚢に振り回された感がありましたが、数々の設計施工、計画案の制作を経て、ようやくこの工法ならではの空間構築法を編み出せる段階にたどりつきました。また、単純な工法ゆえに逆にその根源的な意味を自問自答しつづけて、そこに秘められた建築的意味についての思考も深まってきました。なので、それらに関して一度まとめる必要があると思っていたところでした。そういう意味でもこの時期の講演依頼はとてもありがたいものだったのです。
昔から森田氏には並外れた嗅覚がそなわっており、こちらが想像もつかないような場所に飛び込んだかと思ったら、急きょ帰還して、結局は建築の普遍的かつ先進的な場所に立っているという、たいへんな傑物でした。今回もこちらの「機が熟した」状態をその嗅覚で探り当てたのか、とても絶妙な時期の依頼だったわけです。森田氏の動物的嗅覚が探り当てるであろう、こちらが予想できないような建築の展開を思うとワクワクします。彼には今後も驚かされそうです。
この講演では「土嚢建築をとおして、いかに建築の普遍、根源へとたどりつくか」を最も伝えたかったのですが、それをまとまった形でお話する機会がもてて本当に良かったとおもってます。また、8年間ともに土嚢建築に取り組んできた凄腕の土嚢建築職人:河口尊さんにも発表に加わっていただけたことで、彼にしか伝えられないことをお話しいただき、講演内容に厚みがでたこともありがたいことでした。

さて、この講演のため神楽岡に向かう時に、研究所のポストに雑誌が送られてきたのを発見。先日、取材を受けた内容が記載された「建築ジャーナル8月号」です。当方、8月15日に東アフリカ入りして、エコビレッジ住棟建設を行い、9月半ばに帰国、その後10月第二週からヨルダン入りして別件の建設に入るのですが、これはそのヨルダンで建設する女性のための研修施設に関する記事です。この研修施設はヨルダンで現在壊滅的な状況にある石造工法を採用し、それに土嚢工法をミックスさせて建設します。彼女たちが自律していくための活動拠点となるとともに、廃絶寸前にある伝統工法の継承のための基地となることも求められます。ヨルダンにとってのちのち大きな意味を持つ建築になるのではないかと思っています。
※※この8月号特集は「設計事務所独立指南」で、森田氏もユニークな若手建築家として紹介されていました。
こんな風に、目前に迫った海外の二つのプロジェクトのため、かなりおおわらわな状況ではあるのですが、僕にとっては2008年の大きな節目を向かえています。これはもう10年以上続いているのですが、一年のうち前半は大学の非常勤講師で講議科目を担当しているので、この時期は机に座って大量の本を読み講議用資料を作成する時間が多いのです。特に現在抱えているのは「建築論」の講議ですので、「形態の背後にある原理・観念」といったことに向き合うことになります。今年の講議は先月に終了したのですが、週一とはいうものの、その準備はたいへんでした。
ですが、一年のうち、その半分を建築の原理について考えることができるというのは、とてもありがたくもあります。思えば、土嚢建築という最もモノモノ(物体)しいものを扱う建築に携わりながら、それでもその建築的展開を粘り強く考えようと思ったのは、この生活リズムのせいかもしれません。いま、執筆を続けている「日本建築の空間構成」の研究も、もとはといえば大学で「日本建築史」を教えていたことがきっかけとなったものでした。
そんな「建築論」的な前期をようやく終えて、海外プロジェクトの実践から後期がスタートします。この実践を経た結果、来年の「建築に向けての思考」がより深い位相にまで達せれたらと思っています。
物体と観念の間に螺旋的上昇を発生させて未知なるステージへと向かうこと。それが僕の、そしてD研究所の願いです。
海外渡航までの業務はまだまだ山積み。頑張ってこなしたいと思ってます。
