2016年08月14日

マレーシア雑感01ークアラルンプールのオモテウラ

こんにちは。渡辺菊眞です。前回で報告したように、先月末はクアランプールに1週間ほど滞在していました。
場所を問わず、どこかに滞在するとなると、どんなに短期でも、その場所を見てまわります。「人はいかに場所に生きうるのか」その共通の構造と差異を見る、というのが大義名分ですが、小さいころから見知らぬ場所をウロウロみてまわるのが好きなだけ、というのが本当のところです。というわけでクアラルンプールで見た風景についての所感を書き記したいと思います。

cyokoso.jpg

クアラルンプールは東南アジアを代表する大都市のひとつです。超高層がビュンビュンと林立します。

cityfront.jpg

オモテ通りも数々の商業建築で彩られます。私はこの通りの一本ウラに面したホテルに滞在していました。

citybackcide.jpg

ホテルの窓からの風景。大規模な商業建築のウラ手に中低層の建物が立ち並び、道に面してテントを並べた野外食堂の賑わいがあります。このあたりの食堂は終日、地元の人たちで賑わっており、地の活力を感じました。

shitsugaiki.jpg

このウラ通りのすぐ近くのビルウラ。おびただしい数の室外機です。中低層建築のウラ側、ウラとして担う機能がそのままの形で表出します。

city-lowrise-front.jpg

次にちょっと離れたところの低層なオモテ通り。ここは有名な屋台ストリートなのですが、早朝なため、店じまい後の風景です。なかなかに趣のあるたたずまいです。

city-backsidestreet.jpg

そのウラ。情け容赦ないウラの風景です。室外機はもちろんのこと大きなゴミ箱が整然と並びます。

backsideforgaverage.jpg

ゴミ回収の車を簡単にそばによせて、とても迅速にゴミを回収可能です。ウラが担うべき機能が機械的空間を生み出しています。

どの都市も同じではありますが、キラキラしたオモテとそれを支えるウラ空間があります。オモテが存立するために機械と化したウラがあるとともに、オモテのひしめきから逃れたエアポケットのようなウラ空間もあります。

city-backsidecommunity.jpg

そんなウラ空間に、均質化(どこにいっても同じような)した都市ではない、根元にある文化を垣間みることができます。都市は生き物のようにどんどん変容しますが、その都度できてくるウラに地の空間があらわれてくるのでしょう。そんな様態が魅力的であると改めて思うとともに、ウラ空間が全くなくなってしまうならば、それはキラキラした監獄でしかない、と思いました。

おまけ。

shitugaikihotel.jpg

ウラの室外機にインスピレーションを得た室外機ユニットホテル。メタボリズムポストモダンな作品。




posted by 渡辺菊眞 at 05:45| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月13日

Architecture Asia Awards 2016 とFloating School version02

こんにちは。渡辺菊眞です。大変ご無沙汰してしまっております。前回の記事は2月でした。。
半年も前です。その間はというと、何もしていなかったわけではなく、ただ記事をあげられないだけでした。
そこで、このお盆を活用(?)して、この半年にあった出来事をアップしていこうと思います。まずはその第一弾。

trophy.jpg

ceremony.jpg

去る7月23日に、Architecture Asia Awards 2016の結果発表と表彰式がマレーシアの首都、クアラルンプールでありました。これはアジアの建築家によるアジアに建つ建築を対象とした、建築新人賞です。25作品のFinalistがクアラルンプールに赴きプレゼンをして、その数日後に結果発表がある、といった流れです。この度「タイの孤児院兼学校:虹の学校学舎天翔る方舟弐号ーFloating School version02」が、同賞のWinners(計9名がWinnersとなりました)を勝ち取りました。

「天翔る方舟ーSchool Floating in the Sky」は幾つもの国際賞をいただいた作品ではありますが、今回はVersino02での受賞であったことに大きな意味があります。「方舟」は2013年に竣工しましたが、上部の竹床や草屋根は永続的なものでなく、2年〜3年に一度は改修が必要です。Version02は、2016年3月に行った大改修の結果、力強く蘇った「新生方舟」なのです。改修を含めた全取り組みが評価されてのWinners獲得です。

overallview-from-west.jpg
overall-view-from-south.jpg

改修では、劣化した屋根材や床材をただ取り替えるのではなく、3年の月日を経て、開発された(片岡鉄男氏とガリアン族の大工さんたちによります)竹の新しい工法や、よりよい屋根材、そしてより根源的な空間構成への遡行、それらすべてが統合された果てのVersion upされた姿が「Floating School version02」です。今回はその改修風景を紹介いたします。

repair01.jpg

傷んだ屋根材をとりはずします。この手の仕事は学校の子供たちにとってもお手の物。身軽に単管をよじのぼってヒョイヒョイと屋根材をはずしてくれます。

repair02.jpg

屋根材はがしと並行して、単管の錆び止めを再塗装します。これは高知工科大学環境建築デザイン研究室メンバー(渡辺菊眞研究室)のお仕事。

repair03.jpg

屋根はすっかりはがされ、時間の逆戻しを感じます。

repair04.jpg

「方舟初号」の床材は竹を6分割した板材を敷き詰めていましたが、今回は丸太のまま敷き詰めます。この方が強度や耐久性があがります。

repair05.jpg

乾季の日射は殺人的なので可能な限り迅速に屋根材を敷き詰めます。前回敷き詰めた「ヤーフェ」よりも丈夫で補修のしやすい「バイトン」を採用しています。

repair-bamboo.jpg

竹は近隣から切り出します。小生も竹の切り出し現場に赴き、運びだしをしましたが、肩に4、5本の竹(幹に水がたまっていて超重たい)をかかえて800mほど歩かねばならず、5往復目になると肩に激痛が走りました(大工さんはヘッチャラなようでした)。

repair-roof.jpg

改修をはじめてほぼ一週間で屋根は葺き終わり、

repair-stair.jpg

殺人的日射から逃れて床を敷き詰めるとともに、階段に小さな小口の竹を敷き詰めます。この「小さい竹丸太」も以前の竹板に比べて耐久性の高い材料です。

このように書くと耐久性の高い材に変更しただけのように見えますが、核心はそこではありません。

fundamentalcomposition.jpg

この学舎のメインコンセプトは上図のようなものです。「母なる大地」の延長として土嚢ドームが下部にあり、強烈に過ぎる「父なる太陽」から身をまもってくる大きな天蓋が上部に、そして空と地の間に浮かぶ水平な場が「人」のためにあります。この構成の純度を極限まで高めることが今回の空間変革の目標でした。そのため、初号にあった細々した意匠ははぎとり、純度の高い人間のための水平面を大屋根の下に浮かべました。

insideview-of-classroom.jpg

10日あまりで改修を終え、新しい姿で蘇った方舟。その後、ふたたび教室として、さらには近隣の村の子供の遊び場として、活用されているようです。

classroom.jpg

kidsofvillage.jpg

今回は一度目の大改修でしたが、これで終わりではありません。子供たちの場でありつづけながら、幾度も改修を重ねて生き続けていく建築として方舟は続いていきます。方舟は単なる建物でなく、豊かな未来に向かう道筋ーArchitecture as the way to a bright future であらんことを、切に願っていますし、そうあるために更新を続けたいと思います。

方舟だけでなく、宿舎棟も現地の片岡鉄男氏の指揮のもと見事に建ち上がって来ています。その話も近いうちにご紹介できたらと思います。
posted by 渡辺菊眞 at 11:33| Comment(0) | TrackBack(0) | International contribution by architecture | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月02日

高法寺の地空庵

こんにちは。渡辺菊眞です。

前回、正月に新年のご挨拶をしてから、早くも1月は去ってしまい、2月が到来。
毎年思うことですが、年度末というのは、気付けば過ぎ去ってしまうような時間です。
そんな時空にふりまされないよう、気をつけたいと思います。

さて、今回は昨年の秋からコツコツと進めてきている高知は高法寺の地空庵建設を
ご紹介したいと思います。

zenkei.jpg

上は完成時の全体予想図。木造の切妻屋根の下に丸い空間がドンと構えています。

naikan.jpg

 しかし、いざ、この中に入ると実は丸いドンとしたものの中は庭になっており、その上に小さな空間が浮かんでいるのがわかります。

 地空庵とは、土嚢壁に包まれた丸い庭の上に浮かぶ4畳半程度の茶室的空間です。日常の喧噪を離れてここで過ごしながら自己省察をする場所が目指されます。地空庵のある高法寺の住職、玉城秀大さんの発案で計画が進みました。玉城さんはタイの「虹の学校」の代表で、私がその学舎:「天翔る方舟」を設計した時からのおつきあいです。今回の直接的な動機は、「方舟」のような空間を日本に設け、設備も何もないなかに豊かな空間だけがある、そういった場所に身をおきながら、自分を見つめ直す経験をみなさんにしてもらいたいという玉城さんの願いからでした。

 昨年末にはみなさんの多大なご協力のおかげでクラウドファンディングの目標も達成し、その力もしっかり受け止めながら建設に励んでいます。

 今回は秋から現在までの建設模様を駆け足で紹介いたします。建設は高知工科大学環境建築デザイン研究室(渡辺菊眞研究室)の3年〜修士1年のメンバーと私、そして、ありがたいことにボランティアの方にも手伝っていただいてます。

secchi.jpg

 土嚢の建築はいつもここから。大地に中心を定め円を描きます。人間が自分の場所を定める、おそらく太古からあったであろうことを追体験します。

tuchimaze.jpg

 土嚢につめるための土を混ぜる。これは重労働かつ、とても大切な工程です。

dono-7dan.jpg

 入り口の型枠を設置し、土嚢を円環状に一段づつ丁寧につみあげていきます。写真は7段目完了時点。
土嚢壁建設は合宿形式で1週間、お寺で寝泊まりをしてここまでたどり着きました。

dono-kansei.jpg

 その後、11段目をつみ終わり、土嚢壁建設は終了。

yane-tankan.jpg

 屋根の骨組みとなる単管工事へと以降します。

yane-kansei02.jpg

 年末に骨組みは完成!メンバーと記念撮影。

yane-moku.jpg

 今年に入り、単管骨組みに屋根下地となる垂木を設置する工事へと入りました。まずは屋根をかけてしまいます。

 平日は大学の講義があるので、建設は土日に行うことしかできず、少しずつしか進みませんが、それでも一度の現場が終わるごとに形がクッキリ見え始めてきています。年度末の完成を目指してこれからも頑張っていきます。

 また、進捗あり次第、報告いたします。お楽しみに。

naikan.jpg






2016年01月01日

2016年のD研究所。

あけましておめでとうございます。渡辺菊眞です。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

昨年は奈良に日時計の家「宙地の間」が完成し、それにともないD研究所も大和西大寺から、信貴山山麓の平群町へ移転しました。日時計ウラの空間を研究所に定め、薄暗がりのなかで時が動くのを眺めつつ設計構想する環境となりました。

さて、2016年のD研究所ですが、昨年から引き継いだことを含めいろいろな展開がありそうです。

1、「地空庵」建設(@高知の高法寺)
みなさまのご支援のおかげでクラウドファンディングもどうにか成功し、建設を進めていくことができます。
土嚢の丸壁の庭に浮かぶ、茶室的空間を年度末までにつくりあげる予定です。ここにしかない素敵な空間になるはずです。完成した暁には是非、体感していただけたらと思っています。

2、「天翔る方舟」の改修(@タイ国境の虹の学校)
完成から3年が経ち、土嚢の上に浮かぶ竹床、草屋根の大改修の時期となります。もちろん、骨組みはキープされますが、竹や草屋根は定期的に取り替えなければなりません。そのことによって、当地の伝統的工法の継承も意図しています。この建物、赤道直下の猛烈な炎天下でも土嚢ドームからの冷気を楽しめる、Passive coolingの優れた性能をもっています。今回の改修では、その更なる補強も考えています。時を重ねるごとによい場所になっていけるよう願っています。

3、宇宙的Passive Architectureの発展
日時計のある家「宙地の間」は宇宙を感じることのできるPassive ArchitectureのPrototypeでした。今年はそれをさらに発展させていきたいと思います。一つは地区型の住居の展開と重ね合わせること、もう一つは人々の心のよりどころとなる施設での展開を視野にいれています。

D研究所は2007年1月1日に「すぐこことはるかかなたをつなぐ」場所の構築を目指して結成されました。
9年の時を経て、その目標がくっきり見えてきました。「すぐここ」はかけがえのない、固有な質をもった場所「Local Place」であり、「はるかかなた」は場所をつつむ大きな存在たる「Cosmic Space」そして、その二つがかさなってできる建築は森羅万象がイキイキと輝く「Universal Architecture」だと規定しています。

D-Architecture=Universal Architecture=Local Place × Cosmic Space

この意識のもと、建築を進化深化できるよう邁進したいと思います。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

D環境造形システム研究所代表 渡辺菊眞

nenga2016.jpg

posted by 渡辺菊眞 at 08:30| Comment(0) | TrackBack(0) | D | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月07日

「天翔る方舟」の雑誌掲載。

こんにちは。渡辺菊眞です。
11月に一時、とんでもない冷えこみがあり、これからどうなることやらと心配していましたが、
それ以降は比較的温かい日々。気付けば12月で、この温かさ。これはこれで心配です。。

さて、2013年夏に竣工したタイ国境の孤児院兼学校「天翔る方舟」。昨年から今年の前半にかけて数多くの建築賞をいただき、大変うれしく感じていました。そのうれしくも慌ただしかった展開が夏くらいに落ち着きましたが、秋以降にアジアの国から雑誌掲載の依頼をいただきました。

ネットを介してデータのやりとりなどをやっていましたが、ようやく発刊の運びとなりました。

IA+B01.jpg

まずはインドの建築雑誌「IA+B」。特集名は「Power of the Hand」の「手仕事の力」とでもいったところでしょうか。

IA+B02.jpg

現場の風景紹介にも力がはいっています。

IA+B03.jpg

次に韓国の建築雑誌「C3」。

C3-01.jpg

こちらの特集名は「Regionalism and Global Diversity」。「地域主義と世界の多様性」です。条件が厳しく制限されたなかで建築する時、その地域の土着技術の在り方に注視し、それを取り入れながらも、そこにグローバルな建設技術(代替建築を含む)をいかに導入しながら、新たな展開へ導くか?そんな試みが数多く紹介されています。

C3-02.jpg

「天翔る方舟」もまさに、そんな状況で構築したものでした。「方舟」だけでなく、同じような状況のなかで「いかに建築が可能か?」という問いに対する応答を、さまざまに知るのはとても刺激的で、今後の展開の上でも、考えるべき事の幅が広がるように感じています。

今年度末は「方舟」の竹床と壁、草屋根の大補修をします。単なる維持ではなく、改善するべきところは改善し、よりよい建築へ発展させながら維持を続けていきたいと考えています。

C3-KIKUMA.jpg

蛇足ですが、C3の建築家紹介欄。ひとりだけ現場のヘンテコなおっさん状態です。。。
posted by 渡辺菊眞 at 10:58| Comment(0) | TrackBack(0) | International contribution by architecture | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月21日

新しい散歩道。

こんばんは。渡辺菊眞です。

D研究所はこの夏、引っ越しをいたしました。奈良盆地の北部西大寺から、奈良盆地の西を限る矢田丘陵をさらに西に超えた生駒山系の谷筋、平群町へ。

ずっと建設模様をお知らせして来た「宙地の間」の日時計裏、「影の間」が新しいD研究所です。また、「宙地の間」は私の自邸でもあります。

私事で恐縮ですが、私は奈良盆地のど真ん中、田原本町に生まれました。また、引っ越すまでいた西大寺はその真北で、いずれも奈良盆地内でした。

現在の平群は盆地西を超えた場所で、ほとんど知らない地域です。
フラフラ歩くのが好きな私には開拓しがいのある場所です。最寄駅の近鉄竜田川駅は近すぎて開拓しようがありません。

しかし、3つ向こうの王寺駅はほどよい距離で、いろんな道筋が考えられます。試行錯誤のすえ、最近見つけたお気に入りコースを今日はご紹介(どうでもよいお話ですみません)。

budo-dana.jpg

「宙地の間」の西は葡萄棚が一面広がる起伏に飛んだ場所。そこを縫うように曲がりくねった道を進みます。
(それにしても葡萄棚はすばらしい!)

pond.jpg

道沿いの溜め池をこえ、

forest01.jpg
forest02.jpg

森に入り、進んでいくと

steeltower.jpg

鉄塔で森は打ち止め。

machi.jpg

開けた場所に出て

shigiriver01.jpg
shigiriver.jpg

信貴川沿いの農地の畦を歩いていきます。
あとはほどなく、大和川に至り、少し歩くと王寺駅。

好みにもよりますが、かなりいろんな風景を送り迎えしながら歩ける素敵なコースです。

しばらくはこの道を駅までの道としたいとおもってます。

posted by 渡辺菊眞 at 22:52| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「宙地の間」、竣工のあと。ーブログ再開のご挨拶ー

こんにちは。渡辺菊眞です。
随分、ご無沙汰してしまっております。
前回は「宙地の間」の竣工模様の記事で、その時は夏真っ盛りでした。

その後は、新しいプロジェクトの準備などに追われつつ、また「宙地の間」を
少しずつ住みこなしたりしていました。すると、あっという間に秋も終わろうかという、
霜月となってしまいました。

その間にあったことなどはまた改めてお伝えするとして、
今回はブログ再開の挨拶までとさせていただきます。

「宙地の間」は構想から実現まで、実に8年。タイの「虹の学校:天翔る方舟」は土嚢建築にであってから実に13年かかって実現したものです。これからは、一度、なしとげてきたことをじっくりと見返して、その上で新たな展開へと向かいたいと思います。今後ともD研究所をよろしくお願いいたします。

_sorachi151120

追伸、「宙地の間」の北庭。砕石が敷き詰められてたのが、いまやたくさんの秋草が風に揺れてます。日時計だけでなく庭も時の流れを告げています。

posted by 渡辺菊眞 at 15:42| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする